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2012年3月11日日曜日

まだまだ・・・。



東日本大震災において亡くなられた方々に心より哀悼の意を表します。 


あれから、ちょうど一年が経ちました・・・。


あの日を境に人々の心の中に様々な想いを強烈に植え付けたと思います。


私は心の中の大事な事の順番が大きく変わりました。


あの日に感じた地震への恐怖・・これから先への不安・・多くの人たちへの感謝の気持ち・・あの日以来の全ての気持ちを私は一生忘れたくはありません。







まだまだ、地震は収まっておりません。

まだまだ、たくさんの問題が解決されていません。

まだまだ、たくさんの人たちの苦難は続いています。

・・・でも。

まだまだ、支援を続けている方々がたくさんいます。

まだまだ、義援金が途絶える事なく続いています。

まだまだ、世界中の人々が日本に向けて、たくさんの支援やエールを送り続けています。

たくさんの「まだまだ」があります・・・。

たくさんの「まだまだ」の為に、私は前に向かって生きて行こうと思います。




2011年7月8日金曜日

行ってきました。 上海万博跡地

今回は比較的時間に余裕があったので、会期中には行かなかった上海万博跡地に行っていました。  それにしても地下鉄の路線はすごく延びたな~・・・。 

その日はすごく暑かったし、更地になった場所も多く、キレイな道路にクルマが一台も走っていないし雑草が生い茂る所も多々あり、それはまるで・・・


「夏草や兵どもが夢の跡」


という俳句がぴったりだと思ってしまいました・・・。

もう、何に似てるかなんてどうでも良くなってきた・・・。


海宝くんが・・・シュールすぎる・・・。



中国館周辺は恒久的に残るのでしょうが、道路も橋も地下鉄も引き込んだ、とても便利なこの広大な跡地はどうなるのだろう?





2011年3月18日金曜日

気付かされる毎日



事務所の蛍光灯を1/3にしたけど、十分明るい事に気付く

インスタントコーヒーが温かさが、心を落ち着かせる事に気付く

部屋の中でも着込めば暖房機器をずっと付けなくても大丈夫な事に気付く

インターネットを無駄に見ていた事に気付く

午前中で帰ってくる小学校の子供たちの笑い声に心和む事に気付く

早く仕事を終え、さっさと切り上げる事が出来る事に気付く

計画停電で暗くなった我が街も静けさがあり、なかなか良い事に気付く

月明かりが思ったよりも明るい事に気付く

そんなに携帯電話とにらめっこをしなくても良い事に気付く

いつも食べすぎていた事に気付く

食パンが美味しかった事に気付く

いつも通りの品揃えでいつも通り買える事のありがたさに気付く

食器を洗うのにそんなに水を使わなくても良い事に気付く

トイレの便座がずっと保温されてた事に気付く

便座カバーでも十分座れる事に気付く

早く寝れる事に気付く



被災された方々の復興支援の為に自分に出来る事が沢山ある事に気付く



毎日、沢山の様々な事に気付かされて心から感謝します。  


ありがとうございます。


2011年3月14日月曜日

世界の中の日本

東北関東大震災の発生により被災された皆様におかれましては、心よりお見舞い申しあげます。 
報道されている被災地の方々の気丈な振る舞いを見る度に胸が熱くなり、心から敬服致します。

 私も、この国の住人として苦しみを分け合い、この未曾有の困難を乗り超え一日も早く穏やかな日常が訪れる事を心より願います。

 現時点での世界から届くエールを紹介したいと思います…。

 CNNより… 「有史以来最悪の地震が、世界で一番準備され訓練された国を襲った。 
犠牲は出たが他の国ではこんな正しい行動はとれないだろう。  日本人は文化的に感情を抑制する力に優れている。」 

ニュージーランドのラジオより… 「ニュージーランドが被災した際、ニュージーランドの救助隊の側には常に日本人の救助隊がいた! だから今度は私たちが日本を助ける番だ!」

 CNNの専門家の言葉…「日本の国民はミラクルだ。被害は確定しないが、他国だったら数倍の被害になっていただろう。 ハイチの500倍以上の威力の地震で津波到達まで、5分しか時間ない中で、信じられない対応だ。 この国民には常に準備がある、この国は常に事態に準備ができるのだ」

米国、韓国、中国、ロシア、欧州連合(EU)など60以上の国・地域から支援の申し出。

国連の潘基文事務総長は 「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。 今回は国連が全力で日本を援助する」

オバマ大統領は「必要なあらゆる支援を行うと申し出た」 

ゲーツ国防長官は「日本は洗練された国家だが、あまりにも大きな災害であり、要請があることは何でもやるつもりだ」

中国全国政協会議の趙啓正報道官は、「1995年の阪神大震災で見せた日本人の力と勇気は深く印象に残っている。日本人が困難に打ち勝つことができると信じている」

日本は、まだまだ予断の許さない状況は続いています。 
これから日本に向ってドンドン世界中から支援や援助が届くと思います。 

それらに心から感謝し、わたしも出来うる支援を行っていきます。


2011年2月20日日曜日

友人との約束

アメリカに行ってきました。私が輸入しているGRANITIZE(グラニタイズ)のSales conference(ほとんど呑み会)出席の為なのですが・・。




そこで、トルコ人と意気投合して仲良くなりました。トルコは親日家が多く、「エルトゥールル号」の話は小学校の教科書にも持っておりトルコ国民全員が知っている話で、日本人の私が知らない事に驚かれ、日本に帰ったら是非!日本の皆に伝えて欲しいと懇願されました。


その話を知らなかった私は、ちょっと恥ずかしかったので、帰国後、この話しについて調べましたが、とても素晴らしい話なので彼との友情の為、日本とトルコの友好の為に一部紹介したいと思います。



「エルトュールル号遭難事件」

1890年6月7日に横浜に到着したエルトゥール号は司令官オスマン・パシャを特使とする一行は6月13日に皇帝親書を明治天皇に奉呈し、オスマン帝国最初の親善訪日使節団として歓迎を受けました。


帰国の途に着いたエルトュール号は9月16日折からの台風による強風にあおられ紀伊大島の樫野崎に連なる岩礁に激突、座礁したエルトゥールル号は、機関部に浸水して水蒸気爆発を起こし沈没、乗組員587名が死亡または行方不明になる大惨事となりました。


灯台下に流れ着いた生存者が数十メートルの断崖を這い登って遭難を知らせ、灯台守の通報を受けた大島村(現在の串本町樫野)の住民たちは、総出で救助と生存者の献身的な介抱に当たり、この結果、69名が救出され生還することができました。


この遭難事故は樫野の区長から大島村長に伝えられ、神戸港の外国領事館に援助を求めて生存者を神戸の病院に搬送させるよう手配するとともに日本政府にも通報しました。


知らせを聞いた明治天皇はこの遭難に大いに心を痛め、政府として可能な限りの援助を行うよう指示、こうして遭難者に対する支援が政府をあげて行われ、69名の生存者は遭難事故の20日後、日本海軍の2隻の軍艦により、翌年イスタンブルに送り届けられました・・・。



なんと、この話はこれだけに止まらず95年後に続きます。



イラン・イラク戦争が始まった1985年、イラクのサダム・フセインがイラクのイラン上空の航空機に対する期限を定めた無差別攻撃宣言「今から40時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機を全て打ち落とす!」


世界各国は自国民の救出をするために救援機が相次いでテヘラン空港に向いましたが、イラン在住の216名の日本人は自衛隊機による救援を受けられなかったうえ(海外派遣不可の原則)、日本政府から要請された日本航空は領空内の航行安全の保証がされない限り臨時便は出さない(!)という危機的状況に陥りました。


このとき、イランの日本大使館の野村豊大使がトルコ大使館のビルレル大使に窮状を訴えると、大使は「わかりました!ただちに本国に求め、救援機を派遣させましょう! トルコ人ならだれもが、エルトゥールル号の遭難の際に受けた恩義を知っています。ご恩返しをさせていただきましょうとも!」と答え、大使の要請を受けて派遣されたトルコ航空機は日本人216名全員を乗せて、トルコ経由で無事に成田空港に向かって飛び立ちました・・・なんと、タイムリミットの1時間15分前の出来事でした。


・・・内容はだいぶ端折ったし専門家ではないので多少の相違はご了承下さい、これ以外にも知らない外国と日本の友情の話はたくさんあるのでしょうね。



しかし、アメリカに行ってトルコ人と仲良くなるなんて、旅は不思議なもので予期せぬ出会いにいつも感動させられます。

この逸話を知る機会を与えてくれたトルコの友人に感謝します。

Teşekkürler! Görüşmek üzere!   



参考資料ウェキペディア:エルトュールル号遭難事件

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%AB%E5%8F%B7%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6


トルコ大使館
http://www.turkey.jp/2003/info03_5.html

串本町観光協会
http://www.kankou-kushimoto.jp/txt001.html



2009年7月22日水曜日

見ました! 「皆既日食」

 本日はお外で仕事でした。 東京は雨が降ったり止んだりでジメジメした嫌な天気だったのですが、雨が止んで何気に見上げた薄曇の空の中に太陽が肉眼でシッカリ見る事が出来ました。

その時!  家政婦では無いのですが見てしまいました!!

                    あぁ・・これが「皆既日食」ってやつか・・・。
なぜかその時、静寂に包まれました(多分、自分だけ)・・感動・・人生で初めて、しかも都会のど真ん中で何十年に一度の現象が拝めるなんて・・これから、いい事あるぞ!!
やっぱり、日頃から上を向いて歩くもんですね~ 人生もね・・

2009年7月6日月曜日

明日は七夕


当社は商店街にあります。

当然、商店会メンバーなのですが本日、可愛い訪問者がありました。


「すみませ~ん!〇〇小学校の2年〇組ですが、七夕の短冊を飾って下さい!」


先生と一緒に近くの小学生が商店街のお店に七夕の笹を飾ってもらう様にお願いに回っていました。


それでやっと明日は七夕なんだと気付きましたよ、懐かしいなぁ・・。


よっしゃー!! おじさんのところが商店街の中で一番高い所に飾ってやろう! って事で頑張りましたよ、どうですか? 彦星様、織姫様、彼らの願い事を叶えて上げて下さいね!


しかし、願い事も立派なのや現実的なのや切実な物もあり、自分が子供の頃と大差が無いと少し安堵しました。